テレビ番組「カンブリア宮殿」出演の安井佑院長に直撃取材!やまと診療所の「踏み込む在宅医療」とは?<後編>

最終更新日:2017.02.07
テレビ番組「カンブリア宮殿」出演の安井佑院長に直撃取材!やまと診療所の「踏み込む在宅医療」とは?<後編>

※前編はこちらから

今後あるべき在宅医療の姿を求め、宮城県登米市と東京都板橋区にそれぞれ拠点を構えるやまと診療所。

板橋区で院長を務める安井先生は「医療のインフラを整えて、超高齢化社会に備える」という目標に向かって、ひたむきに進む。

立ち上げ時は、30代前半。なぜその若さで看取りの現場に飛び込んだのか。安井先生の胸中に迫った。

 

大切なのは「病気を診るのではなく、生活を看る」こと

─在宅医療の現場で大切にされていることはありますか?

日頃からスタッフにも話していますが、「病気を診るのではなく、生活を看る」ことを心がけています。

老々介護の現場では、“病気の妻が糖尿病の夫のインスリン注射の管理をしている”といった状況も珍しくありません。そうした場合、厳格な血糖コントロールが望ましいという前提はあれども、二人きりの生活を現実的に捉えて「本当にそのインスリン注射が必要なのか、患者さんの負担を減らす工夫はできないだろうか」という観点から「必要なものは何か、不要なものは何か」を考えます。

これまでの医療の常識から考えれば、出過ぎた真似かもしれません。しかし、在宅医療はその一歩を踏み込まないと、全く意味がないと思っています。

ドクターでも診療アシスタント職のPAでも、求めるレベルの仕事ができていないと思ったとき、「なぜ踏み込まなかったの?」と聞くことは多いですね。

 

必要不可欠なのは「最後まで手を離さない覚悟」

─どうして踏み込むことが、そんなに大切なのでしょうか?

人生の集大成である看取りは、皮肉なことに患者さん本人だけでは成し遂げることができないプロジェクトです。看取る側である家族、ひとり暮らしの場合はケアマネージャーや訪問看護師の協力があって初めて成立します。

実際「自宅で最期を迎える」ことを本人と家族が合意していた場合でも、容体が急変した際に家族の決心が揺らいで「入院させよう」となることが多いんです。また、同居の家族が納得していたとしても、離れて暮らす家族が最後の最後に「自宅で看取るなんて無理だ」と言って、入院手続きをとることもあります。

私たち在宅医療のプロも含めて、看取る側の人間に「最後まで手を離さない覚悟」があるか否かで、自宅で看取れるかどうかが決まるといっても良いでしょう。

覚悟を決めるには、準備が必要です。そこで、常に数歩先を見て患者さんに今後何が起きるか、そのときに何をすれば良いかを周囲にしっかり伝えておくことが、私たち在宅医療のプロの仕事だと思っています。

遠巻きに眺めながらできることではないですよね。まず私たちが踏み込む覚悟と最後まで手を離さない覚悟を持たない限り、患者さんの人生の集大成に関わることはできません。

「夜中に他界された場合、”最後の時間を過ごすので、朝来てください”とおっしゃる家族もいます」と話す安井院長。

人生を自分の手に取り戻して欲しい

─そうまでして「看取り」にこだわる理由は何ですか?

病院で治療を行っている間、患者さんにはほとんど決定権がありません。それは、専門知識を必要とする医療という性質上仕方のないことでもありますが、自分の人生なのに決定権がないなんて不自然だという思いもあります。

だからこそ、もし患者さん本人が「自宅で過ごしたい」と思っているなら、病院でしかできない治療を受けている方以外は自宅で過ごせるようにサポートをしたい。好きなときに眠り、好きなものを食べ、好きな人と話す日常を通じて、人生を自分の手に取り戻して欲しい。そして、何より看取る側の家族に後悔のない看取りをして欲しい。根底にそういう願いがあります。

 

─安井先生ご自身も、高校在学中にお父様を癌で亡くされていますね。

あのとき「自分自身が踏み込めなかった」という後悔は、今も消えません。当時は、「自分が医療者であれば踏み込めたはずだ」と思ったので医師になったのですが、今から思うとあと一歩の覚悟があれば自分なりに踏み込めたのかもしれません。

 

「町を再生するには地域医療だ」と思った

─在宅医療に関わろうと思った直接のきっかけは何ですか?

やまと診療所を一緒に立ち上げた田上医師とは、大学のサッカー部でも初期研修先でも一緒だったので、その頃から「医療から社会を変えよう」と話していました。高齢化社会を迎えるにあたってどんな手を打つべきかということもよく話し合っていたので、そこで土壌が出来ていったように思います。

その後、ミャンマーで国際医療支援に携わったときに、ミャンマー人の死生観に触れて「生まれしものは必ず死ぬ、それが当たり前なんだ」と心の底から納得し、死を生の一環として捉えられるようになりました。

しかし、直接のきっかけは、東日本大震災です。壊滅的な風景を見て、町を再生するにはどうすれば良いのかを考えました。そのときに出した答えこそ「地域医療」だったんです。

 

─実際に在宅医療に取り組んでみて、どんなお気持ちですか?

在宅医療は、病院のように“患者さんを待って診察する”医療ではありません。ときには家族の中に踏み込んでいく覚悟、最後まで手を離さない覚悟を必要とする泥臭い医療です。そして、それを毎日重ねていく粘り強さが求められます。

まさに医療の原点だと思いますが、綺麗事だけで済む甘い世界でもありません。

しかし、そこにやりがいを感じています。また、これは個人的なことかもしれませんが、ターミナルケアに全力で取り組んでいる今は、家族の看取りで後悔しない自信があります。

 

取材・文 松山あれい

 

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