医師が踊り、理事長が食事療法を実践する病院<後編>

最終更新日:2017.01.23
医師が踊り、理事長が食事療法を実践する病院<後編>

池袋駅から西武池袋線で約30分、清瀬駅に到着した。織本病院は、外から見る限り一般的な郊外の病院だ。

エムステージの担当者にどんな病院か尋ねると「“私が入院することがあったら、ここに入院したい”と思っている病院です」という答えが返ってきた。

担当者が本気で言っていることは語気から伝わってくる。外観からは計り知れない特別な魅力があるのだろうか。

前編はこちら

目の前で患者さんが次々に亡くなる現実に、納得がいかない

理事長の高木医師は、聖マリアンナ医科大学を卒業し病理医として働いた後、出産を経て実家である織本病院にて臨床医としてのキャリアをスタートさせた。

 

─臨床医への転身の苦労は?

1988年に当病院の透析センターに赴任したのですが、患者さんがどんどん亡くなる現実に衝撃を受けました。150人の患者さんのうち、年間25人くらいが亡くなっていく。

当時は「透析を始めたら寿命はあと5年」といわれていたのです。その理論に納得がいかず、関連する学会や研究会があれば即出席して必死で勉強しました。しかし、水分管理と塩分を控えるという指導をしても、5年以内に合併症が原因で亡くなってしまう方がほとんどでした。

 

─転機は?

「こんなに生ぬるい食事指導ではダメだ」と思い、専門書を買い漁って勉強し、保存期腎不全から指導が行えるように腎不全外来を立ち上げました。

ある日、新人栄養士が「先生のオーダーでは、腎不全の進行は抑制できません」と言いに来たのです。「どの本でも推奨されている方法なのに?」と耳を疑いましたが、栄養士の足がぶるぶる震えていることに気づきました。医師に意見するには、相当な勇気が必要だったはずです。

聞いてみると、彼女は昭和大学藤が丘病院の出浦照國先生の下で勉強していたといいます。そこで、早速その勉強会に連れて行ってもらいました。

一つひとつのエピソードから、高木理事長の「医療」と「人」に対する想いが伝わってくる

一つひとつのエピソードから、高木理事長の「医療」と「人」に対する想いが伝わってくる

診療は、患者さんとの一対一の人格的な交わり

─自身の診療に変化が訪れたのは?

出浦先生は「直接指導はできませんが、診療を見たければどうぞ」とおっしゃってくださったので、外来診療の日は昭和大学藤が丘病院に通いました。

出浦先生の診療は、7時半から17時半まで。休憩はありません。その間、側に立ってノートをとり続けました。今思えば、時間を気にすることなく、知恵の宝庫である出浦先生の診療を間近で見ていられたなんて、本当に贅沢な経験です。医局に所属していたらできなかったでしょうね。

しばらくは、出浦先生を真似ながら診療を行っていたのですが、あるときから患者さんが心を開いてくれるようになりました。それはもう魔法みたいに。

 

─どんな治療を行ってきたのか?

そこからは、私自身と患者さんとの一対一の人格的な交わりです。病気の治療は、患者さんが主役。医師や薬剤師、管理栄養士は、患者さんと一緒に考えて自立をサポートするバックアップチームです。

院内には内シャント設置術を行うための手術室があり、大学病院の設備を小さくしたような良い手術場ですが、当院の腎不全治療の核はあくまでも「透析を先延ばしにするための食事療法」。

他の医療機関で「もう透析をするしかない」と言われた患者さんが、当院で食事療法を行うことで、透析に入るまでの期間を5年延ばせるか10年延ばせるか…そういう治療なのです。

食事療法に力を入れているため、常勤の管理栄養士は4名いる

食事療法に力を入れているため、常勤の管理栄養士は4名いる

ドクターの意識改革に向けた「ドクター向け調理実習」

─食事療法は辛いイメージがあるが?

出浦先生が腎不全の患者さんに「何を食べても良いよ」とおっしゃっているのを聞いたとき、「食べたいものをどうやったら食べられるか工夫する」ことが大切なのだと気づかされました。

例えば、天ぷらが好きな方なら、天ぷらの衣をたんぱくゼロのデンプン薄力粉に置き換えます。

こうした治療は、料理をしたことがないとできません。栄養士に作ってもらったメニューを渡すだけでは、説得力がない。そこで、最近ドクター向けの調理実習を始めました。ドクターの意識が変わらなければ、患者さんの意識は変えられませんから。

 

─高木理事長自身も料理をするのか?

もちろんです。先日も、患者さんから「でんぷん米が美味しくない」と言われたので、私が食べている美味しい炊き方を伝えました。

患者さんは「えっ、先生も食べているの?」と驚いていましたが、次にお会いしたときに「先生の炊き方にしたら美味しかった」と言ってくれました。さらに「炊飯器でも簡単に美味しく炊けるようになったよ」とも。そうした患者さんの変化は、何より嬉しいものです。

 

「かかりつけ医」の理想は、遊びに来てもらえる病院

─院内の環境づくりにこだわりを感じるが?

最初に2階の内科病棟を改装したときは、「病院らしくない」という反対があったのを「病院らしくない方が良い」と押し切りました。

ところが改装してみると、今まで無愛想だった看護師が笑顔になったのです。理由を聞いたところ「病院がきれいだから出勤するのが嬉しい。家よりもまめに掃除しています」と言うではありませんか。“入れ物が変わると人が変わる”と身をもって知りました。以降、少しずつ改装を重ねています。

3Fドックエリアのラウンジ

3Fドックエリアのラウンジ

─環境にこだわるようになったきっかけは?

夫の留学先であるアメリカでの出産経験でしょうか。

ニューヨークの市立病院に入院したのですが、私は医師ということもあり、そこまでひどい対応はされませんでした。

しかし、同室の女性は喘息の発作が起きても医師どころか看護師すら来ません。私がナースステーションに看護師を呼びに行ったところ「自分のことだけ考えていれば良いのよ。プエルトリコ人なんて放っておけば良いの」と言われて、ショックを受けました。

医療の現場でひどい差別がある、こんなことで良いのか…と。こんなに苦しんでいる患者さんがいることを初めて知ったのです。

 

─病院主催のライブやコンサートがあると聞いたが?

その後、織本病院に勤めることになったときも「医師や看護師を嫌だと思っている患者さんがいるかもしれない」という危機感を忘れないようにしました。

まず食事を美味しくすることからはじめ、ホスピタルアートの導入に、院内ライブやクリスマスコンサートの開催など、今も工夫を続けています。

理想は、遊びに来てもらえる病院。入口にカフェもつくりました。

「今日は院内ライブ、明日は腎疾患ゼミナール、明後日は外来で…」といったように、一年を通して気軽に遊びに来てもらえるようになりたいですね。それこそが「かかりつけ医」だと思うので。

ドラム:稲冨臨床検査技師長 ギター:箕輪専務(左) 菊地医師(右)

ドラム:稲冨臨床検査技師長 ギター:箕輪専務(左) 菊地医師(右)

─どんな医師に来て欲しいか?

アグレッシブな医師です。診療科目や条件よりも、積極性や自主性を重視しています。

 

この取材中にも、目の前で「糖尿病カフェ」イベントが発案され、みるみるうちに企画が固められていった。このスピード感は、「前向き」よりも「前のめり」と表現した方が良いかもしれない。

自由な発想とスピード感のある病院。与えられた仕事だけでは満足できない医師にとっては、やりがいに満ちた職場だと確信した。

 

取材・文 松山あれい

 

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